制定過程を巡る議論

2015年6月23日 / 未分類

日本国憲法が法的に有効であるのかといったことが議論される時に必ず取りざたされるのが、制定過程についてです。明治憲法が仮に「悪法」であったとしても、それを改正する際には必ず踏まなければならない手続きがあります。それを踏まえた上で改正されるべきものです。それをないがしろにすれば「法とはなんだ」というところにまで、問題はさかのぼってしまうのです。


しかし日本国憲法は、少なくともこの手順を踏まずに制定されました。日本の法学者であった松本 烝治氏が中心となって作られた松本試案は、GHQによって拒否されました。現行憲法はマッカーサー草案によるものです。実際に大日本帝国憲法から改正することが出来たのかと言えば、これには改正権の限界があり、大日本帝国憲法から現行日本国憲法に改正することは法的に見て無理があります。解釈としては大日本帝国憲法を改正したものが日本国憲法ではなく、そこに連続性はないということになります。これを正当化する術としては、ポツダム宣言があった8月に日本国は崩壊し、ある種の政治的な革命がおこったと見解することです。二つの憲法の間に連続性がないならば、このように解釈するしかありません。どうとらえても制定には若干の無理がある、ということからこの議論は生まれています。

コメントは受け付けていません。

TOPへ戻る